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獺祭訪問編 第1回「事業を辞めるという選択肢はない」

獺祭
山と山の間から突如現れた獺祭の酒蔵

—獺祭・桜井会長から学んだ“事業に対する執念”

山口県岩国市にある酒蔵「獺祭」を訪ねた。

獺祭とは、
獺は、ここの地名「獺越」という地名と、カワウソが捕らえた魚を岸辺にずらりと並べる習性を、まるで祭壇に供物を並べて先祖を祀る(まつる)様子をお祭りとみたて「獺祭」と言われそこから、日本酒の名前がつけられた。
当時は名前をつけたところ、字が読める人も少なくて苦労したそうだ。

言うまでもなく、獺祭は日本酒の世界ブランドである。
世界30か国以上に輸出され、今やニューヨークにも酒蔵がある。
日本酒のイメージを変えた酒蔵と言ってもいい。

今回、私はスーパーノーマルの奥谷孝司さんと酒販のプロ髙田克久さんともに、獺祭の桜井会長を訪ねた。

工場を見学し、酒造りの話を伺いながら、さまざまなテーマについて意見交換をさせていただいた。

その中で、強く印象に残った言葉がある。

桜井会長の「事業の覚悟」についての話だった。


桜井会長は、過去の獺祭(旧名:旭酒造)時代の経営の苦しい時期を振り返りながら、こんなことを言った。

「辞めるという選択肢はない」

理由はシンプルだった。

銀行からの借入には個人保証がついている。
つまり会社が倒れれば、経営者個人の生活そのものが終わる。

だから続けるしかない。

この言葉を聞いたとき、私は少しハッとした。

最近のビジネスの世界では「ピボット」や「撤退」といった言葉がよく語られる。

もちろんそれ自体は間違いではない。

しかし桜井会長の言葉は、それとはまったく違う世界の話だった。

事業というものは、
本来「逃げられない場所」から生まれるものなのではないか。

そう感じた。

実はこの言葉を聞いたとき、私はどこかで深く共感している自分がいた。

私は桜井会長のように、大きな会社をつくれているわけではない。
それでも、振り返れば自分が25歳で立ち上げたグラブデザインというマーケティングクリエイティブ事業と教育研修事業を行う会社を、25年間続けてきた。

決して順風満帆だったわけではない。

計画的に進めようにもリーマンショック、ライブドアショック、震災、コロナなど、うまくいかない時期だらけだし、資金繰りや事業の方向性に悩んだことも一度や二度ではない。

それでも続けてきたのは、結局のところ
「事業をやめる」という選択肢が自分の中になかったから
なのだと思う。

途中、何度も別の誘惑もあった。

2008年頃に超成長している中国で資本金3000万円を抱えて、上海の淮海中路(ワイハイジョンルーという上海の表参道みたいな場所)にアパレルのOTTOというセレクトショップを立ち上げたり・・・(その後震災でグラブデザインの経営が大変になり現地人に売却)

2022年に宮崎に移住してからは、「青島クラフト」という会社のクラフトビールづくりで、ただのファンダーだったのに初期立ち上げに関わり、気づけば、毎日寝る間も惜しむことなくビールのことだけを考え、翻弄されそうになったこともある。
酒づくりは、酵母という生き物に美味しいアミラーゼ(糖質)を食べさせて快適な温度で大事に育てるような感覚があり、特に不思議な魔力がある。

一度関わると、簡単には離れられない。
しかし同時に、自分が立ち上げた会社の経営を無視するわけにもいかない。そうやって迷いながらも、結局はグラブデザインという事業を続けてきた。

桜井会長の言葉を聞いたとき、その25年の時間をふと思い出していた。

今や酒蔵というか米の水分、室温、湿度全て徹底管理された巨大な工場のような企業になっているが、獺祭の歴史を振り返ると、決して順風満帆ではない。

酒蔵の杜氏が一斉に辞めてしまった時期もあったという。
杜氏がいなくなり、自分で酒を造るしかなくなった。
普通なら、その時点で会社は終わっていたかもしれない。

しかし、そこで諦めなかった。

その結果として、今の獺祭がある。

桜井会長は、2000年頃、営業も酒造りもすべて一人でこなしていた時代もあった。

営業の打ち合わせが終わった後、「机を少し貸してください」と顧客に頼み、その場で酒蔵に電話をかけながら、麹づくりの記録簿を3時間程つけていたという。

そうした頃の話を、桜井会長は決してドラマチックに語るわけではない。
むしろ淡々としている。

だが、その言葉の端々からは、経営者としての「執念」のようなものを感じた。

今回の訪問で改めて感じたのは、獺祭というブランドの強さは、
マーケティングではなく

「覚悟から生まれている」

◯ 事業を続ける覚悟。

◯ 品質に妥協しない覚悟。

そして、
◯ 関わる人たちを守る覚悟。

桜井会長の言葉を聞きながら、
私は「経営とは何か」という問いを、もう一度考えさせられた。

この訪問をきっかけに、
桜井会長との対話から学んだことを、少しずつ書いていこうと思う。

次回は「経営者は、なぜはっきりものを言うのか」

というテーマについて書きたい。

https://note.com/grab_umetaku/n/n14fefac7ce68?app_launch=false

 

人生ドライブ - パーソナリティー

◯阿部淳也 株式会社ワンパク 代表取締役。1974年宮城県生まれ。工業高校卒業後、自動車メーカでのユーザインターフェースエンジニアを経て、IT部門でデザイナー、テクニカルディレクターを経験。2004年より都内の広告代理店系プロダクションにて多くのWebサイト立ち上げや映像制作にクリエイティブディレクターとして携わった後、2008年に「ワンパク」を設立。デジタル・インタラクティブ領域を中心としたコミュニケーションデザインを強み ◯梅原卓也 株式会社グラブデザイン代表取締役。1974年北海道小樽市生まれ。東京農業大学卒。20歳にサーフィンを始める。大学で黎明期のインターネットに出会いプログラマに。2001年(25歳の時)にWEB制作とデジタル教材の制作会社「株式会社グラブデザイン」を創業し現在23期目。大手塾のタブレット教材から大手上場企業の社会人向けデジタル教材の開発販売とWEBマーケティングを1000案件以上こなす。2021年6月に東京都千代田区から宮崎市へ移住。現在、東京と宮崎の2拠点生活。地元青島の魏社長と長野の2人の共同経営者と共にビール醸造と品質管理を行う。また、本業のクリエイティブディレクターを活かし、ロゴデザイン、瓶デザイン、WEBサイト、グッズデザイン、コーポレートデザインなどのクリエイティブを担当。

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